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「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから~」(前編)


「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから~」大西 泰之著 (日経BP社)という、今年5月に刊行されたばかりの本を図書館で借りた。自身も長年リストラに喘いできて、著書中取材を受けている元社員たちの心痛には深く共感する。

一口にリストラ工作と言っても、優秀な技術者たちが大量放出されるチャンスを逃さず、新たな引き抜き工作が行われる場でもあるのだ。それは買収等(金融会社から役員が乗り込み、資産運用念頭に経営を取り仕切る様は、ドラマ「半沢直樹」を彷彿とさせたが、本書は紛れもない事実なのだ)も含めて国内のみならず、外資系企業からの工作もあるらしい。

日本国籍から韓国国籍への、逆帰化?が推測される興味深い例もレポートされていた。
上記を含め、自身の心の琴線に触れた部位を、アトランダムに引用して紹介させて戴く。
※本書熟読中、「偶然」日経BP社から、セールス目的の電話着信があった。

『会社が消えた日
~三洋電機10万人のそれから~』
大西 泰之著 (日経BP社 刊)

●はじめに―――あなたの会社が消えるかもしれない
(前略)

第三章まで、三洋電機がパナソニックに買収され、上場廃止になるまでのプロセスを記している。第4章以降は会社を失った元三洋電機社員の再生を追った。「会社が消える」という絶望的な状況から立ち上がった人々の物語は、現在進行形で困難な状況と闘っているすべてのビジネスマンに勇気と希望を与えるだろう。
彼らの「再生」は、かつての強さを取り戻す「復活」ではない。しかし、厳しい現実と折り合いをつけながら、彼らは「新しい人生」をつかみ取った。そのしなやかさ、したたかさこそが、これからの日本に求められる一番大切な資質だと思う。強くなくても。大きくなくても、豊かに生きることはできるはずだ。それを敗北主義と決めつける狭量さが日本を貧しくしている。心ならずも三洋電機を去った「敗れざる人々」の物語から、それを感じ取ってもらえれば幸いだ。
(中略)

●消えた電池技術者
(中略)
2013年10月、一人のパナソニック社員が辞表を出して行方をくらませた。国内の別の会社に移った形跡も、起業した形跡もない。まだ隠居する利でもない。心配した同僚が様子を見に行くと、兵庫県加古川市にある彼の自宅は、もぬけの殻になっていた。
 忽然と姿を消した男の名は能間俊之。旧三洋電機の技術者で、ハイブリット車や電気自動車に搭載する車載電池のスペシャリストだ。独フォルクスワーゲンや米ゼネラル・モーターズが絶大な信頼を寄せていた。車載電池の「秘中の秘を知る男」だ。
 しかし、過去の新聞記事などをいくら調べても「能間」という名前は出てこない。一体どういうことなのか。かつて三洋電機で広報を担当していた人物が教えてくれた。
「今だから言いますけど、能間は車載電池の最重要人物でした。三洋電機時代はライバル企業に引き抜かれると困るので、取材はシャットアウト。社外に彼の名前が知られないよう、我々は細心の注意を払っていました。だから、皆さんが彼の名前を知らないのも無理はない。でもハイブリット車や電気自動車の開発に関わる人で、能間の名前を知らない人はいないと思いますよ」
 車載電池の開発拠点である旧三洋電機の加西工場(兵庫県)はシャープの亀山工場や堺工場と同じように、徹底的な「ブラックボックス化」が施されており、部外者の立ち入りは禁じられている取引先の自動車メーカーでも、その中を見たことがある者は数えるほどだ。三洋電機がパナソニックに買収された後も厳戒態勢は続いていた。能間はその加西工場の「技術総括」、つまり開発リーダーだった。
「秘中の秘を知る男」が消えたことに動揺したのはパナソニックだけではなかった。
「まさか海外企業に抜かれたなんてことはないだろうな」
 車載電池を将来の日本の基幹産業の1つと考える経済産業省も、血眼になって能間を追った。だが、行方は杳として知れない。
 能間は一体どこへ消えたのか。確認は取れなかったが、関係者からいくつかの重要な証言を引き出すことができた。能間の上司にあたる人物はこう断言した。
「本人に確認したわけではありませんが、間違いなく韓国のサムスン電子です。関係筋から情報が入りました、おそらくサムスンは彼がやりやすいように、彼の部下も何人か一緒に引き抜いているでしょう。彼らがサムスンに行ったからといって、すぐに追いつかれるとは思いませんが、重要なノウハウが流れたのは事実です」
「電池の性能は添加物の配合で決まります。能間はその塩梅を見極める力がずば抜けていた。ユーザーがどんな電池を作りたいかを聞くと、それにぴったりのレシピを作るんです。もちろん能間1人で開発できるわけではありませんが、彼は開発チームに方向を示して、大勢の開発者を1つの方向に動かすことができた。今ごろ、能間がサムスンでそれをやっていると思うとゾッとします。パナソニックをはじめとする日本の電池メーカーや自動車メーカーは何年か先に痛い目に遭うかもしれません」
能間の同僚も同じ情報を持っていた。
「9割の確率で能間の行き先は韓国ですね。どうしたら会えるかって? いくら探しても見つかりませんよ。携帯電話にかけても出ないし、今年は年賀状も来ませんでした。今はもう能間と名乗っていないはず。朴さん、金さんってとこでしょう。専用の通訳がついて、研究所の近くに用意してもらった自宅から会社の車で送り迎えされているでしょうから、会社の門の前で見張っていてもつかまりませんよ。彼は三洋電機でリチウムイオン電池を立ち上げ、ハイブリット車への応用も彼が中心になってやった。第1級の研究者ですから、あちらでは常務以上の待遇でしょう」
[能間という人間がパナソニックから御社に移籍していないか」
サムスン電子に問い合わせたところ、「能間俊之という人間は在籍していない」という返事が返ってきた。

●車載電池の制御で先行
(中略)
世界の先端を走るトヨタ自動車でさえ「ドクター能間」には一目置いていたとされる。
 そんな凄腕の技術者は会社がいくら隠しても隠しきれるものではない。2007年のある日、能間は元三洋電機会長兼CEOの野中ともよを訪ねた。野中の記憶によると、野中が三洋電機を辞めて間もなくのことだったという。能間は深刻な様子で打ち明けた。
「実はサムスンから、来てほしいと誘われているんです。先日はアタッシュケースにびっしり詰まった現金を見せられて驚きました。でも僕は三洋電機を辞めたくない」
野中は「辞めない方がいい」とアドバイスした。
(中略)
能間も野中のアドバイスに従った。能間がカネで動くタイプの人間なら、そもそも野中に相談しなかっただろうし、制止されても振り切ってサムスンに移籍したはずだ。
「会社が能間を粗末に扱うはずがない」という野中の指摘は的確だった。パナソニックが金融3社から三洋電機の優先株を買った時、パナソニックは「絶対に辞めさせてはいけない人材リスト」を作っている。それ自体は特別なことではなく、M&Aの初歩だ。
技術やノウハウは人材に宿っており、買収する側の企業はそれに対して巨額の対価を払っている。買収後に、優秀な人材が辞めてしまったのでは、買収そのものが失敗に終わる。サムスン電子が能間を、大枚はたいて獲得しようとしたことからもわかるように、能間は電池業界では知らない人のいない重要な人材であり、「辞めさせてはいけないリスト」の最上位に位置していたはずだ。

●上司の異動が引き金?

いったんは韓国行きを思いとどまった能間が、なぜ誘いに乗ったのか。
ヒントは能間がパナソニックを辞める半年前の人事にある。2013年5月1日付でパナソニックは車載電池事業部長の池内弘を企画センターに異動させた。池内の直属の部下の部長も異動になった。2人とも三洋電機の出身で能間の仲間だった男たちである。
池内は能間の上司だが、能間の能力に高い敬意を払い、能間を引っ張り上げてきた。2人の公認にはパナソニック出身者が就任した。前出の同僚が打ち明ける。
「ちょうど、その頃ですよ。あの年の春ごろから、能間はほとんど仕事らしい仕事をしていない。あの会社から引き抜きがかかったとか、自分で会社を作るとか、能間に関するいろんな噂が流れ始めたのもそのころです。携帯に電話しても出なくなった。会社で面白くないことでもあるのかなあ、と心配していました。きっと池内さんの人事でがっくりモチベーションが落ちたんでしょうね」
(中略)
 能間の技術者としてのプライドが傷つけられた可能性もある。能間のようにトップレベルの技術者には、彼らしか見えないビジョンがある。そこに向かって突き進むのがトップ技術者の本能である。その本能が満たされていれば、報酬の多寡にかかわらず彼らは充足感を得ることができる。反面、そこにストレスを感じた時、彼らはやりたいことができる環境を求めて転職することがある。
 よく言えば現場の判断を尊重する、悪く言えば管理の行き届かない三洋電機は、能間にとって居心地のいい場所だったに違いない。社内で能間のやることにケチをつけられる人間はいなかった。たとえ使える予算が少なかったとしても、能間は思う存分に自分の考えを貫くことができた。
 だがパナソニックは三洋電機とはある意味、反対の会社だ。技術者を含む全社員に「金太郎あめ」であることを求めるパナソニックでは、トップの方針が絶対であり、それを具現化するのが現場の仕事になる。
(後略)

●金太郎あめのリスク
(中略)
そんな時、別の会社から「あなたの思う通りやってくれればいい」という誘いがあった。「開発費はいくら使っても構わない。必要なら仲間も連れてきていい」と言われたら、能間でなくても、ほとんどの技術者がためらわずに転職するだろう。たとえそれが元いた会社の最大のライバルであったとしてもだ。会社ではなく技術に殉ずるのが第1級の技術者だ。

●このままでは終われない

その野中が三洋電機の会長を辞めた直後に残した名言がある。
「どうして男ってああなのかしら。Organizing deckchairs on the Titanic.
ほんとにバカ」
Organizing deckchairs on the Titanic.とは沈みゆくタイタニック号の上で、一生懸命デッキチェアを並べる間抜けな人々を注す。三洋電機という船が今まさに沈もうとしているのに、その船の上で自分たちの利益ばかり守ろうとする金融3社と創業家。そこにすり寄ったり、抵抗したりする社員たち。無駄な諍いを繰り広げる男たちに、野中は憐みすら覚えていた。

       ◇ ◇ ◇

 かくして三洋電機という名の巨大客船は多くの乗員たちとともに沈んだ。暗闇の中でバラバラに砕けた船体は轟音を立て、巨大な渦とともに海中に消えていった。
 どのくらいの時間が経っただろう。
 空が白み、何事もなかったかのように静けさを取り戻した海に目をやると、船とともに沈んだ乗員が1人、また1人と海面に顔を現した。ある者は浮き輪代わりに近くの木片をつかみ、ある者は溺れかけた仲間を助けながら、彼らは思い思いの方角に向かって泳ぎ始めた。
 自分たちを嵐から守ってくれる船はもうない。岸まで泳ぎ着ける保証もない。あるのは、どの方角に泳いでも構わないという「自由」のみだ。
 荒波の中に放り出された彼らは、自分の手と足で泳いでいる。私は彼らの後を追うことにする。

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