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17歳新人王を「創価学会」ノイローゼにした「協栄ジム」洗脳日誌

打撲傷(※4月6日、大腿四頭筋への遠隔操作で突如脱力、不自然に転倒し負傷)のケアのため出向いた地元の温泉施設にて、昨日偶然読んだ雑誌(※週刊新潮 平成27年4月9日号)に、名門ジムの“創価学会”洗脳工作リポートが掲載されていたので、以下該当記事をアップしたブログを引用させて頂きます。

◆ブログ「博士の独り言」より、参照記事部分引用
http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-3536.html


●17歳新人王を「創価学会」ノイローゼにした「協栄ジム」洗脳日誌

 輝かしい実績を上げながら突如、引退に追い込まれたボクシング界のホープ。激しい攻防が呼び物のスポーツゆえ、常に選手生命の危機と隣り合わせなのは事実だ。しかし、“期待の星”を打ちのめしたのは対戦相手の拳ではなく、名門ジムの“創価学会”洗脳だった。以上、冒頭より。週刊新潮平成27年4月9日号 購入誌面(P46-47)より「個」の日記の資料として参照 【付記1】【付記2】【付記2】【付記4】【付記5】
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カルト教団の「布教パターン」

 先稿で、維持委員会(調査隊)が小稿に「カルトに騙されない学生生活を」との平成24年に申し述べた話を紹介してくれた。その中で、カルト教団が信者獲得のために標的に衝け込む、または罠に陥れる共通パターンを列挙させていただいた。

 それらには要注意という意味で、1). 病気など、人の悩みや弱みに衝け込んで来る。2). “旨い話”など、金銭など我欲に衝け込んで来る。3). 異性を使うなど、性欲に衝け込んで来る。さらに、4). 自教団のタレントやシンパの“有名人”や“著名人”あるいは一般の政治家をツーショット利用、または側面利用し、それらを看板にした教団セミナーや催しに誘い込む罠が存在していると。実態を指摘させていただいた。

 その時に、もう一つ加えるべきであった、そのパターンが、表題の事例の「生殺与奪」を握った上での「パワーハラスメント」的な“信仰の強要”である。特に、若い皆様ほどこれら五つにはご用心いただければと思う。
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極悪の「パワハラ」布教

 たとえば、一般の新聞販売所に勤務し、新聞配達によって生活と学業を両立させておられる「新聞奨学生」や、生活費、学費のためにアルバイトをしておらえる学生諸氏は少なくないことかと思う。そうしたケースで、不運にも販売所の店主やアルバイト先の店長、上司などが創価学会信者であったり、その他のカルト教団の信者であるなどして「生殺与奪」を握ったかのような“入信”強要のケースが有る。

 同じように企業でも、あくまでも諸処の業態、形態にもよるが、たとえば会社の上司がカルト信者の場合は、同じように「パワハラ」布教を仕掛けて来た、という事例を当方でも随分と沢山見聞して来た。卑劣としか謂いようがない「やり口」だ。中身が無いカルト教団ほど、そうした力による押しつけを常套の是としている証左であり、若い層の皆様をはじめ、良識が指弾して社会問題にし、警鐘を広げていくべき実態と謂える。
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「17歳新人王」を引退に追い込んだ「協栄ジム」

 表題は、ボクシングの分野で、「業界屈指の名門」として知られる「協栄ジム」で、「弱冠17歳で東日本新人王」に輝いた前川龍斗選手(当時)が海外試合でも勝ち、才能の頭角を現した頃、同ジムの会長夫妻が食事会を開いてくれた。食事を終えて同選手が、「そろそろ家に帰ろうと思っていたら、社長が“ちょっと見ててね”と言って、仏壇の前に正座したんです。そして、いきなりお経を唱え始めた」と。お経が終わると、社長が“創価学会をやってみる気はないかな?”」とその場で入会を勧め、断る術もなく入会届にサインした、としている。

 以来、住んでいたアパートに仏壇を運び込まれ、お題目を沢山唱えるようにと言われた。「月に2、3度は地域の集会所に顔を出すように言われました」と。さらに「(それらに)加えて、試合が近づくと池田大作名誉会長に宛てた手紙も書かされた」と。

 誌面は、「育ち盛りの前川選手は減量に人一倍、苦しんだ。試合前の大事な時期に、疲労と空腹で朦朧としながら(池田大作名誉会長宛ての)手紙の文面を考え、(創価学会の施設へ)持参することを強いられたのだ」と。「日々の勤行に集会への参加、試合前後の手紙。とてもボクシングに集中できる環境ではない。すでに他の兄弟はジムを離れていた」と。同選手が(当時)置かれていた状況を概要している。

 当人の述懐として、「最後は精神的に参ってジムの練習にも行けなくなり、部屋に閉じこもるようになりました」と。「そんな時にも、地区幹部の人が呼び鈴を押しに来るので、布団を頭から被って耐えていた」と。そして「ノイローゼ状態に陥った前川選手は、今年2月に引退届を提出した」と誌面は伝えている。
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カルトの「パワハラ」布教の典型

 事実とすれば、この事例もカルトの「パワハラ」布教そのものと謂えよう。“入信”させるのが「パワハラ」ゆえか、青年への配慮や思慮も無く、たとえノイローゼ状態になってもお構いなしに“信仰”を強要する。とことん「池田センセイ」への服従心を捧げる“手紙”や自教団の看板に利用し尽す。

 特に、新入学や新入社の時候を迎えられた若い年齢層の皆様におかれては、表題の事例を他山の石、警戒事項の一つとしていただきたい。まんまと入信させた若者については、当人の学業が疎かになろうが、仕事が疎かになろうが教団利用のためい「お構いなし」だ。その先で当人が留年や退学、あるいは失職に陥っても“信心が足りなかった”などとして足蹴にする。毒グモが次の獲物を狙うように、また新しい若者を標的にすれば良いとするかのメンタリティが「カルト教団」に共通した特徴と謂えよう。

 そのようにして社会を蝕み、国家を侵蝕するのがカルト教団であると。明確に認識して差し支えない。
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「親権者の承諾が必要」と謳いながら

 表題の事例について、誌面は「創価学会は<入会希望者が未成年の場合は、親権者の承諾が必要>(公式サイト)としている」と指摘。しかしながら、未成年者であった当人の実家へ知らせることもなくジムの会長夫妻が入会させていた、という教団の表口上とは裏腹の実態の存在を指摘している。

 大学などでの秋の学園祭などでも、同様の実態はザラであるとの情報を当方も得ており、その手法もまた社会問題とすべきと考える一人である。 byマツリカ
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『ようこそ わが家へ』 ドラマ化

今回フジテレビでは、『サスペンスタッチのホームドラマ』という触れ込みだが、正体不明のストーカーと、職場の上司による不正という、二本立てで渦巻く魔手から、様々な生活破壊工作を受けて翻弄されていく筋立ては、集団ストーカーの定義そのものだ。

フジテレビでは以前もドラマ『ガリレオ2』第3話で、幻聴を人工的に聴かせる『フレイ効果』のメカニズムを解き明かし、被害者間で話題に上った。
今回のドラマも是非とも集スト周知活動の際、ツールとしての役割を果たし、被害者たちの福音となるべく事を願う。

by マツリカ

「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから~」(後編)

●人を分断する「パナの壁」
(中略)
「来週にはみんな中国や東南アジアに散りますから、ここはガラガラになりますよ」と土屋は笑った。ここで働く150人は、技術指導や共同開発で常に海外を飛び回っている。三洋電機時代にはなかったことだ。
 土屋はプラザ合意前年の1984年、東京三洋電機に入社した。為替は1ドル=240円の水準で安定しており、メード・イン・ジャパンの家電製品が米欧市場を席巻していた時代である。「30年後に自分の会社がどこかに買われるなんて、思いもよらなかった。なにせ30年前の中国の電機メーカーは企業の体をなしていなかった。

●サンヨーてんでんこ
(中略)
1954年に松下電器産業と資本提携したビクターは2007年にケンウッドと業務提携するまで、松下傘下で経営の自主性を認められ、「ビクター」「JCV」のブランドを維持した。

●あえて赤字部門に志願
(中略)
 三洋電機が日本初の噴流式洗濯機「SW-53型」を発売したのは1953年。
(中略)
「自分の設計で妻や子供を笑顔にしたい」と語る鳶は、まぎれもなく歳男のDNAを受け継いでいた。
「私、あの人たちに惚れちゃったのよ。日本にもまだこんな人たちがいたんだ、って」
(中略)
きっと鳶のような、消費者のことを一番に考える真っ直ぐな技術者たちに(野中が)会ったのだろう。そんな技術者を数多く抱えていたのに、それでもサンヨーブランドは消滅してしまった。

●無名のハンディを超えて
(中略)
「技術者は絶対に止まっちゃいけない。(中略)それが理想です。我々は三洋電機の文化を持って、ハイアールに来ました。負けるわけにはいきません」
 京都に来る時、鳶は群馬の家を処分した。もう戻る場所はない。

●社員に向けた新聞広告
(中略)
2012年2月16日から、小泉今日子のテレビCMが全国で放映された。
(中略)
「一歩を踏み出すには勇気がいる。新しいことを始めるのは覚悟がいる。無謀な、という人もいるかもしれない。でも、これまでなかったことを始めることには大きな意味がある。
だれもたどり着いたことがない場所へ踏み出すことは、それだけで価値がある。そう考えます。
アクア、デビュー。世界160ヵ国で白物家電をお届けするハイアールと日本の人材、技術がひとつになって、家電に新しい風を。」

●「世界初」「日本初」の携帯電話
(中略)
藤井はいう。
「『世の中にないものを作れ』というのが(携帯電話事業担当の専務)寿(英治)さんの口癖でした。(後略)」
●「日めくり」を活力源に
飯野は三洋電機と京セラの違いをこう感じた。
(中略)
「みんなで団結して、1つの方向にわーっと走る。そういう勢いみたいな部分は三洋電機の方が上でした。しかし、緻密さ、真剣さ、詰めに欠けていた。居心地はいいんですけどね」

●「赤い洗濯機」で惨敗
(中略)
「なーらんだー、なーらんだー、赤、白、黄色。どの色見ても、売れないねー」
山本たちは童謡チューリップの節回しで自虐的な歌を歌うしかなかった。

●量販店にできた“待合室”
(中略)
YKK(ヤマダ電機、コジマ、ケーズデンキ)のバイヤーの多くは高卒の叩き上げが多い。彼らはきつい言葉で相手のプライドを容赦なく傷つける。大卒のひ弱なメーカー営業担当者をいたぶって楽しんでいるようにも見えた。ぎりぎりまで追い込んだところで、今度は猫なで声を出す。(値引き要請に屈した三洋)

●売り切って辞表を提出

三洋電機だけではない。あらゆる電機メーカーが、投資家に背中を押されて採算の悪い事業を切り捨てた。主力製品の生産拠点は続々と海外に移り、国内の雇用はどんどん減っていく。残った仕事もコスト削減のため、正社員ではなく派遣や請負の社員に任せていった。利益の多くは海外現法が稼ぐようになり、日本ではろくに税金も納めていない。経営者の顔は投資家の方ばかりを向き、雇用や納税といった企業の義務を忘れているように見えた。
「わしらは投資家に魂を売っとるんと違うか」
山本はそう思った。

●白虎隊に自分を重ねる

新卒者の4割が非正規社員になり、年収200万~300万円の状態から抜け出せない。それでは結婚もできないし子供も育てられない。山本が三洋電機に入ったのは1988年。バブル経済の絶頂期で、就職先には困らなかった。社内競争は厳しかったが、一度入社してしまえば定年まで収入が保証された。
(中略)
 三洋電機には。白虎隊のように、勝ち目がないと分かっていても古い時代にしがみついてしまう不器用な人間が多い。山本もその一人だった。
(中略)
やり切っても、だれも褒めてはくれない。「この仕事が終わったら、自分の居場所がなくなってしまうのではないか」。そんな不安を抱える部下たちを鼓舞しながら、山本は密かに決意していた。
(これが三洋電機での最後の仕事だ)→彼は公立高校の校長になる。

●新潟中越地震の衝撃
(中略)
 だがパナソニックの子会社になった後も三洋電機のリストラは続いた。パナソニックが「不要」と判断した事業を次々に売っていったからだ。デジカメ事業は投資ファンドのアドバンテッジ・パートナーズに、白物家電事業はハイアールに売却され、海外を含め約10万人いた三洋電機の社員はついに1万人を割り込んだ。
 リストラの嵐をくぐり抜けパナソニックグループに残った約9000人も、2013年末時点では親会社のパナ社員より2割ほど安い。出向が「転籍」に変われば給料は同水準になるはずだが、いつ、何人転籍できるかは2014年3月の時点でまだ明らかにされていない。
 三洋電機という船からパナソニックに乗り換えて、定年まで航海を続けるつもりだった三洋電機の社員は、ある日突然、荒波の中に放り出された。三洋電機CEの副事業部長だった桑野もその中の1人である。(支店長説明会の後もうけた酒席が社内接待疑惑となり、和田社長就任祝い強要(秘書の勧め)疑惑がかかり、謹慎中に前部署女性へ送信したメールがセクハラ疑惑となり、ハメられてしまう。退職金も50歳に2ヶ月在籍不足で満額にならない)

●アイリスオーヤマに見る未来図

大山は言う。「世界最大とか最新鋭とか、これまでの電機産業は立派な工場を建てることが目的になっていませんでしたか。工場なんて、モノを作るための手段ですよ。(中略)電機業界から来た人たちの話を聞くと、赤字を出しても、他社が同じ事業で赤字なら怒られないそうです。『市場環境が厳しかった』で済むから。ところがシェアを落とすと怒られる。『どうしてあそこに負けたんだ』と厳しく叱責されるんです。だから、みんな採算度外視でじゃんじゃん売って、シェアを取りにいく。事業の目的は利益であってシェアではない。しかし、競争、競争できたサラリーマン経営者は、どうしてもシェアに目が行ってしまう。結果としてPL(損益)無責任経営がまかり通る。」

                                    以上


「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから~」(前編)


「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから~」大西 泰之著 (日経BP社)という、今年5月に刊行されたばかりの本を図書館で借りた。自身も長年リストラに喘いできて、著書中取材を受けている元社員たちの心痛には深く共感する。

一口にリストラ工作と言っても、優秀な技術者たちが大量放出されるチャンスを逃さず、新たな引き抜き工作が行われる場でもあるのだ。それは買収等(金融会社から役員が乗り込み、資産運用念頭に経営を取り仕切る様は、ドラマ「半沢直樹」を彷彿とさせたが、本書は紛れもない事実なのだ)も含めて国内のみならず、外資系企業からの工作もあるらしい。

日本国籍から韓国国籍への、逆帰化?が推測される興味深い例もレポートされていた。
上記を含め、自身の心の琴線に触れた部位を、アトランダムに引用して紹介させて戴く。
※本書熟読中、「偶然」日経BP社から、セールス目的の電話着信があった。

『会社が消えた日
~三洋電機10万人のそれから~』
大西 泰之著 (日経BP社 刊)

●はじめに―――あなたの会社が消えるかもしれない
(前略)

第三章まで、三洋電機がパナソニックに買収され、上場廃止になるまでのプロセスを記している。第4章以降は会社を失った元三洋電機社員の再生を追った。「会社が消える」という絶望的な状況から立ち上がった人々の物語は、現在進行形で困難な状況と闘っているすべてのビジネスマンに勇気と希望を与えるだろう。
彼らの「再生」は、かつての強さを取り戻す「復活」ではない。しかし、厳しい現実と折り合いをつけながら、彼らは「新しい人生」をつかみ取った。そのしなやかさ、したたかさこそが、これからの日本に求められる一番大切な資質だと思う。強くなくても。大きくなくても、豊かに生きることはできるはずだ。それを敗北主義と決めつける狭量さが日本を貧しくしている。心ならずも三洋電機を去った「敗れざる人々」の物語から、それを感じ取ってもらえれば幸いだ。
(中略)

●消えた電池技術者
(中略)
2013年10月、一人のパナソニック社員が辞表を出して行方をくらませた。国内の別の会社に移った形跡も、起業した形跡もない。まだ隠居する利でもない。心配した同僚が様子を見に行くと、兵庫県加古川市にある彼の自宅は、もぬけの殻になっていた。
 忽然と姿を消した男の名は能間俊之。旧三洋電機の技術者で、ハイブリット車や電気自動車に搭載する車載電池のスペシャリストだ。独フォルクスワーゲンや米ゼネラル・モーターズが絶大な信頼を寄せていた。車載電池の「秘中の秘を知る男」だ。
 しかし、過去の新聞記事などをいくら調べても「能間」という名前は出てこない。一体どういうことなのか。かつて三洋電機で広報を担当していた人物が教えてくれた。
「今だから言いますけど、能間は車載電池の最重要人物でした。三洋電機時代はライバル企業に引き抜かれると困るので、取材はシャットアウト。社外に彼の名前が知られないよう、我々は細心の注意を払っていました。だから、皆さんが彼の名前を知らないのも無理はない。でもハイブリット車や電気自動車の開発に関わる人で、能間の名前を知らない人はいないと思いますよ」
 車載電池の開発拠点である旧三洋電機の加西工場(兵庫県)はシャープの亀山工場や堺工場と同じように、徹底的な「ブラックボックス化」が施されており、部外者の立ち入りは禁じられている取引先の自動車メーカーでも、その中を見たことがある者は数えるほどだ。三洋電機がパナソニックに買収された後も厳戒態勢は続いていた。能間はその加西工場の「技術総括」、つまり開発リーダーだった。
「秘中の秘を知る男」が消えたことに動揺したのはパナソニックだけではなかった。
「まさか海外企業に抜かれたなんてことはないだろうな」
 車載電池を将来の日本の基幹産業の1つと考える経済産業省も、血眼になって能間を追った。だが、行方は杳として知れない。
 能間は一体どこへ消えたのか。確認は取れなかったが、関係者からいくつかの重要な証言を引き出すことができた。能間の上司にあたる人物はこう断言した。
「本人に確認したわけではありませんが、間違いなく韓国のサムスン電子です。関係筋から情報が入りました、おそらくサムスンは彼がやりやすいように、彼の部下も何人か一緒に引き抜いているでしょう。彼らがサムスンに行ったからといって、すぐに追いつかれるとは思いませんが、重要なノウハウが流れたのは事実です」
「電池の性能は添加物の配合で決まります。能間はその塩梅を見極める力がずば抜けていた。ユーザーがどんな電池を作りたいかを聞くと、それにぴったりのレシピを作るんです。もちろん能間1人で開発できるわけではありませんが、彼は開発チームに方向を示して、大勢の開発者を1つの方向に動かすことができた。今ごろ、能間がサムスンでそれをやっていると思うとゾッとします。パナソニックをはじめとする日本の電池メーカーや自動車メーカーは何年か先に痛い目に遭うかもしれません」
能間の同僚も同じ情報を持っていた。
「9割の確率で能間の行き先は韓国ですね。どうしたら会えるかって? いくら探しても見つかりませんよ。携帯電話にかけても出ないし、今年は年賀状も来ませんでした。今はもう能間と名乗っていないはず。朴さん、金さんってとこでしょう。専用の通訳がついて、研究所の近くに用意してもらった自宅から会社の車で送り迎えされているでしょうから、会社の門の前で見張っていてもつかまりませんよ。彼は三洋電機でリチウムイオン電池を立ち上げ、ハイブリット車への応用も彼が中心になってやった。第1級の研究者ですから、あちらでは常務以上の待遇でしょう」
[能間という人間がパナソニックから御社に移籍していないか」
サムスン電子に問い合わせたところ、「能間俊之という人間は在籍していない」という返事が返ってきた。

●車載電池の制御で先行
(中略)
世界の先端を走るトヨタ自動車でさえ「ドクター能間」には一目置いていたとされる。
 そんな凄腕の技術者は会社がいくら隠しても隠しきれるものではない。2007年のある日、能間は元三洋電機会長兼CEOの野中ともよを訪ねた。野中の記憶によると、野中が三洋電機を辞めて間もなくのことだったという。能間は深刻な様子で打ち明けた。
「実はサムスンから、来てほしいと誘われているんです。先日はアタッシュケースにびっしり詰まった現金を見せられて驚きました。でも僕は三洋電機を辞めたくない」
野中は「辞めない方がいい」とアドバイスした。
(中略)
能間も野中のアドバイスに従った。能間がカネで動くタイプの人間なら、そもそも野中に相談しなかっただろうし、制止されても振り切ってサムスンに移籍したはずだ。
「会社が能間を粗末に扱うはずがない」という野中の指摘は的確だった。パナソニックが金融3社から三洋電機の優先株を買った時、パナソニックは「絶対に辞めさせてはいけない人材リスト」を作っている。それ自体は特別なことではなく、M&Aの初歩だ。
技術やノウハウは人材に宿っており、買収する側の企業はそれに対して巨額の対価を払っている。買収後に、優秀な人材が辞めてしまったのでは、買収そのものが失敗に終わる。サムスン電子が能間を、大枚はたいて獲得しようとしたことからもわかるように、能間は電池業界では知らない人のいない重要な人材であり、「辞めさせてはいけないリスト」の最上位に位置していたはずだ。

●上司の異動が引き金?

いったんは韓国行きを思いとどまった能間が、なぜ誘いに乗ったのか。
ヒントは能間がパナソニックを辞める半年前の人事にある。2013年5月1日付でパナソニックは車載電池事業部長の池内弘を企画センターに異動させた。池内の直属の部下の部長も異動になった。2人とも三洋電機の出身で能間の仲間だった男たちである。
池内は能間の上司だが、能間の能力に高い敬意を払い、能間を引っ張り上げてきた。2人の公認にはパナソニック出身者が就任した。前出の同僚が打ち明ける。
「ちょうど、その頃ですよ。あの年の春ごろから、能間はほとんど仕事らしい仕事をしていない。あの会社から引き抜きがかかったとか、自分で会社を作るとか、能間に関するいろんな噂が流れ始めたのもそのころです。携帯に電話しても出なくなった。会社で面白くないことでもあるのかなあ、と心配していました。きっと池内さんの人事でがっくりモチベーションが落ちたんでしょうね」
(中略)
 能間の技術者としてのプライドが傷つけられた可能性もある。能間のようにトップレベルの技術者には、彼らしか見えないビジョンがある。そこに向かって突き進むのがトップ技術者の本能である。その本能が満たされていれば、報酬の多寡にかかわらず彼らは充足感を得ることができる。反面、そこにストレスを感じた時、彼らはやりたいことができる環境を求めて転職することがある。
 よく言えば現場の判断を尊重する、悪く言えば管理の行き届かない三洋電機は、能間にとって居心地のいい場所だったに違いない。社内で能間のやることにケチをつけられる人間はいなかった。たとえ使える予算が少なかったとしても、能間は思う存分に自分の考えを貫くことができた。
 だがパナソニックは三洋電機とはある意味、反対の会社だ。技術者を含む全社員に「金太郎あめ」であることを求めるパナソニックでは、トップの方針が絶対であり、それを具現化するのが現場の仕事になる。
(後略)

●金太郎あめのリスク
(中略)
そんな時、別の会社から「あなたの思う通りやってくれればいい」という誘いがあった。「開発費はいくら使っても構わない。必要なら仲間も連れてきていい」と言われたら、能間でなくても、ほとんどの技術者がためらわずに転職するだろう。たとえそれが元いた会社の最大のライバルであったとしてもだ。会社ではなく技術に殉ずるのが第1級の技術者だ。

●このままでは終われない

その野中が三洋電機の会長を辞めた直後に残した名言がある。
「どうして男ってああなのかしら。Organizing deckchairs on the Titanic.
ほんとにバカ」
Organizing deckchairs on the Titanic.とは沈みゆくタイタニック号の上で、一生懸命デッキチェアを並べる間抜けな人々を注す。三洋電機という船が今まさに沈もうとしているのに、その船の上で自分たちの利益ばかり守ろうとする金融3社と創業家。そこにすり寄ったり、抵抗したりする社員たち。無駄な諍いを繰り広げる男たちに、野中は憐みすら覚えていた。

       ◇ ◇ ◇

 かくして三洋電機という名の巨大客船は多くの乗員たちとともに沈んだ。暗闇の中でバラバラに砕けた船体は轟音を立て、巨大な渦とともに海中に消えていった。
 どのくらいの時間が経っただろう。
 空が白み、何事もなかったかのように静けさを取り戻した海に目をやると、船とともに沈んだ乗員が1人、また1人と海面に顔を現した。ある者は浮き輪代わりに近くの木片をつかみ、ある者は溺れかけた仲間を助けながら、彼らは思い思いの方角に向かって泳ぎ始めた。
 自分たちを嵐から守ってくれる船はもうない。岸まで泳ぎ着ける保証もない。あるのは、どの方角に泳いでも構わないという「自由」のみだ。
 荒波の中に放り出された彼らは、自分の手と足で泳いでいる。私は彼らの後を追うことにする。

ACP主催「集団ストーカー撲滅IN秋葉原」日程、ついに決定!!

秋葉原デモの開催日程が、決定した。
今の処11月1日(土)を予定、予備日は8日(土)だそうだ。

実行委員含め有志一同が昨日デモ許可申請のため、警視庁を訪れた。新規周知ツールの準備も着々と進み、背水の陣を敷いている。既に姑息で卑怯な妨害工作もある中、引く訳にはいかない。

今回は「デモPRのチラシ拡散」を秋葉原にて、10月中旬目処に決行との要望も上がっているらしい。実行委員の中枢部隊は、語学堪能なスタッフや芸術的才能の持ち主等、様々な方向で非凡な技量を持つ達人揃いで結成、日頃から活動に尽力されている。微力な委員の端くれとして、何ができるか模索したい。

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大倉山(神奈川)の集い

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